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  • 執筆者の写真Kobayashi Kei

確かに私が間違えた。だがデザインが悪い

更新日:2020年1月20日

※ 本文は特定の施設を批判・擁護する意図は一切ありません


”今日、機械の奇妙な要求に適応するために、人はいつも正確で詳細な情報を与えるという異常な振舞いをしている。人間はこうしたことは不得意なのに、機械の恣意的で非人間的な要求を満たすために失敗すると「ヒューマンエラー」と呼ぶのである。いや、それはデザインエラーなのだ”

<D.A.ノーマン 「誰のためのデザイン? 増補改訂版」 2015>



いつの時代も“医療”と“エラー”は、別れたくても別れられない因縁にある。医療者は毎日無限に現れる千差万別の病態を相手に、膨大な数の手技、検査、治療手段を駆使し、スピードとマルチタスクと過剰労働が要求される中で常に正確な診断と治療を選択しなければならない。この状況でエラーを起こすなという方が無理な話であるが、医療におけるエラーはときに死と直結するため、当たり前のように絶対エラーを犯さないことが要求され、重大なエラーには社会的な制裁が用意されている。


医療現場には多くのデザインが溢れている。あらゆる医療器具、電子カルテ、病棟の間取り、廊下のサイン、クリニカルパス、採血の手順、配薬用のボックスなど、大小すべてのツールは医療者が共通の手順で正確な行動ができるようデザインされている。しかし、そのすべてがユーザーにとって使いやすく、エラーを最小限に抑えられるようデザインされているだろうか?

残念ながらまったくそうではない。例えば某病院の電子カルテのログイン直後の画面はこんな感じである。



実際には各ボックスの中にアイコンとタイトルが表示され、右のマニュアルは箇条書きのテキストが並んでいる。入り口からいきなり6つのタブ、91個のアプリ(!)と18のマニュアルからの選択を強いられ、その迫力に圧倒される。人に聞かなければカルテに辿りつくことすらできない。ちなみにこの電子カルテはアイコンを使って視認性を上げただいぶきれいなデザインであり、世にある電子カルテはもっと大変なことになっているものも少なくない。


医業が複雑であることは事実だが、なぜかその複雑なものをさらに複雑にすることが好まれる傾向がある。フローチャートの矢印は上下左右に入り乱れ、マニュアルは種類もページも非常に多く、インシデントやアクシデントが起きると加筆のみが行われ整理されることはほぼない。「これを見て誰がわかるんだ?」というものを完璧に理解できる人が一定数いるのがこの業界のすごいところではあるが、エラーを減らすという観点からは機能しているとは言い難い。こうしたデザインにおける問題は情報処理だけでなく、病院の構造や機器の配置、業務の流れなど随所でみられ、古く大きな病院ほどワーキングメモリに与える負荷は大きい。

医療におけるエラーは根深い問題ではあるが、デザインで改善をしようという意識はあまり高くない。これは視点を変えると、デザインを良くすることでまだまだエラーを減らせるフロンティアがあるということである。


ではどうすればデザインは良くなるのか?そのアイデアを出すことがまさにデザインの仕事だが、ここではエラーを減らすデザインとして「選択肢を減らす」を強調したい。

医療に限らず、人間のすべての行動は選択の連続を経てゴールを達成する。例えば注射器を準備する際、包装を縦に開けるか横に開けるか、次に注射器のキャップをはずすかそれともアンプルのキャップを先に外すか、という具合である。選択肢は明確なこともあればそうでもないこともあり、どの方法を選んでも支障がなくゴールにたどり着けることも多い。


エラーはたいてい、正しい選択肢が決まっているときに、正しい選択ができなかったことで起きる。行動の起点からゴールまでが完全な一本道であればエラーは起きようがないが、選択肢が多ければ多いほどエラーの確率はあがり、必然的に認知にかかるストレスも大きくなる。先ほどの電子カルテのトップ画面は選択肢が非常に多い状態であり、自分の選択すべき項目以外はすべてエラーである。誤った選択をしてもワンクリックで戻れるため大きなエラーではないが、一度に提示される選択肢が減れば、その分エラーの確率は下がり操作は滑らかになる。


エラーに対する優れたデザインとして、iPhoneの充電ケーブルを例にあげる。旧型のiPhone (4sまで) では充電ケーブルの差し込みに表裏があり、向きを間違えると挿さらない仕様になっていた。よく見ると表を示す小さなマークはあるが、寝る前など暗い部屋で充電するときはよく間違えていた。iphone5以降ケーブルは表裏のないデザインとなり、どちらの向きに挿しても問題なく充電ができるようになった。


それだけである。ほんの少しの改善に思えるが、重要なことを教えてくれる。

ひとつは正解と不正解の2つの選択肢を、両方とも正解にしたことである。例えば暗い部屋でも間違わないように裏面に手触りの違う素材を使うなどの方法もあるが、どちらを選んでもエラーでなくす方が選択における認知の負荷をゼロにすることができる。エラーは確率なので、こうした小さな改善を重ねていけば全体的なエラーの数も減る。

もうひとつはユーザーの行動をフィードバックし、デザインに反映させていることである。多くの人が実際に使うことで顕在化するエラーはとても多い。こうしたエラーを抽出し、選別し、新たなデザインを加えることでより使いやすい形に最適化している。作り手や機械の都合ではなく、使う人間を中心とした考え方は現在のデザインの主流であり、プロダクトデザインだけでなく、仕事のデザインやコミュニケーションのデザイン、スライドデザインなど、さまざまなテーマで応用が利く。


デザインと聞くと私たち医療者の仕事ではなく、デザイナーやエンジニアの領分と考えがちである。もちろんその領域を侵す必要はないが、私たちは日々デザインに接して医療をしている。そのデザインのどこが使いにくいか、どのように改善すればいいかをフィードバックすることは私たちユーザーにしかできない仕事であり、そのための知識としてデザインを知ることは十分な価値がある。


私のエラーが私の責任はなくデザインの責任であれば、次に私がエラーをしないためのデザインを考えることは、私の責任である。















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